表紙

はじめに

第一章:母の一生
●其の一<0歳〜23歳>
誕生から青春時代まで
●其の二<23歳〜42歳>
結婚出産、商家の生活、祖母との死別

●其の三<42歳〜53歳>
家業の不振、履物店の店仕舞い

●其の四<53歳〜58歳>
転居、平穏な長屋暮らし

●其の五<58歳〜62歳>
再出発、私のUターン、父の死去

●其の六<62歳〜70歳>
趣味に生きる日々、古希を迎えて

●其の七<70歳〜80歳>
古希から喜寿へ、そして諦観の傘寿

●其の八<80歳〜88歳>
膝関節痛の苦難、米寿を前に

●其の九<88歳〜90歳>
米寿を迎えて、そして卒寿

●其の十<90歳〜90歳3ヶ月>
爽やかに老いて、黄泉への旅立ち


第二章:母の趣味
●写真(63歳〜79歳)
●華道(池坊)と園芸(庭の草花)
●川柳(51歳〜78歳)
●俳画・ちぎり絵(70歳〜78歳)
●民踊(70歳〜75歳)
●カラオケ(76歳〜87歳)
●新聞投稿

第三章:クラス会に寄せる母の想い

第四章:母の遺品
●琴
●鏡台・手鏡
●カメラ

おわりに

資料編<目次>


おわりに

母がいなくなってはやいもので半年があっという間に過ぎ去りました。
この半年間、こうして母の追想録をまとめるため、母が残した写真や川柳などの作品のひとつひとつに目を通していると、次から次とその時々の出来事が蘇ってきます。

ところが、いざまとめの段階になり順を追って記憶を辿ろうとすると、ある時期の母との暮らしの記憶が所々そっくりと脱落して、何をしていたのか思い出そうとしてもまったく思い出せず、一瞬健忘症にかかったのではと不安にかられてしまったこともありました。
そんな時、母が残してくれたたくさんの写真や川柳と、母がつれづれに書き残していたメモ代わりの日記が、途絶えた記憶をすこしづつ蘇らせてくれました。おかげで母と一緒に暮らした30年余を含め、90年の母の一生を振り返ることが出来ました。

今ここで、こうして母との思い出をまとめておかなかったら、恐らくこの先思い返すことが段々と難しくなってしまうだろうし、そのためずーっと私は、一生後悔の念を抱き続けることになっていたかもしれません。

晩年母の介護に当っていたとき、ともすると精神的負担にくじけそうになった私を励ましてくれたのは、なにあろう介護されている側の母の笑顔でした。辛かったであろう時も母はいつも微笑みを浮かべていました。私は母の微笑みに救われた気がしまします。母の笑顔はいつまでも私の胸に生き続けています。
こうして自分なりになんとか母の追想録をまとめアップロードし終えた今、書き尽くせない言い尽くせないことはまだまだ山ほどあるものの、わずかながらも感謝の気持ちを天国の母に捧げることが出来たのではないかと思います。







平成18年(2006年)12月 伊藤輝和
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