別府八湯フォトアルバムシリーズ
浜脇温泉<Hamawaki-Spa>


(撮影・取材:平成23年11月/ITOデザイン事務所・伊藤輝和)


○浜脇温泉の由来と海岸線
別府八湯・浜脇温泉は、別府市の南部、JR東別府駅(当初浜脇停車場として明治44年開業)の前の海沿いに位置し、朝見川河口一帯に賑わった温泉街。昔は河口の船溜も湯治舟で賑わっていたと伝えられている。
名前の由来は、『浜脇の海辺は大正期まで、いたるところに温泉が湧きだしていた』といわれ、浜から温泉が湧き出る様子から「浜わき」の地名が生まれたと伝えられている。現在は国道10号から海沿いの浜は埋め立てにより、砂浜に温泉が湧く光景は見られなくなった。

この浜脇海岸の埋め立ては。別府港以南の海岸埋め立て工事の一環(第3区)として、大正13年埋め立てが完成。昭和3年別府で開催された「中外産業博覧会」の第2会場として、水族館などが設置され大いに賑わったとのこと。
その後、砂湯が併設された和風御殿造りの「霊砂泉」(昭和6年)や、大分県殖産館(昭和11年)が建設されていた事もある。
現在は、この埋め立て地周辺には高層マンションが建ち、浜脇漁港や浜脇公園が整備されているが、当時の面影を偲ぶものはない。

○浜脇温泉の町並みと歴史
別府八湯・浜脇温泉の歴史は、鎌倉時代には八幡朝見神社の門前町として栄え、大友氏が温泉奉行を置いて温泉を整備。江戸時代には港町・温泉町・門前町として陸海交通の要衝で急速に発展。江戸時代後期1817年(文化14年)に書かれた温泉番付「諸国温泉功能鑑」では、西の前頭三枚目で別府温泉よりも上位にランキングされるほど。明治7年には県費で浜脇東西両温泉が新築される等いわば別府温泉発祥の地。
明治26年浜脇、別府両村は町政を施行、浜脇町、別府町となり、明治39年浜脇、別府両町は合併して別府町へ。大正13年市制施行により別府市となり浜脇村から別府市へと変遷する。

別府市街地は戦災を免れ、昔からの町並みが今も残る地域があるが、浜脇温泉エリアもその地域のひとつ。浜脇再開発以前は、入り組んだ路地で構成された町並みに温泉町特有の情緒を感じることもあったが、再開発後は、町並みも一変しその情緒も徐々に感じられなくなっている。
それでも注意して町並みを散策していると、細い路地や共同井戸など昔からの町並みの風景に出会う事が出来る。特に今ではあまり見られなくなった赤丸ポストが、別府市街地にある40基の内、朝見川以西の浜脇、朝見エリアには7基が現役で活躍、なつかし風景に出会える。
(参照:赤丸ポストのある風景)

○浜脇温泉の歴史的建造物
別府八湯・浜脇温泉は、明治・大正時代に花街で賑わいをみせた温泉街でもあり、往時の町の隆盛を偲ぶ格式ある木造建築を今も見る事が出来る
明治4年築の糸永家住宅主屋は、寄棟造桟瓦葺き正面は塗屋造の重厚な外観の木造2階建てで国の登録有形文化財となっており、現在はギャラリー桝屋として利用されている。
また、大正期のモダンな木造洋風建築の平尾邸や、大正8年築の民家は、浜脇の街並みを意識した改造でHOPE賞を受賞。その他にも風格ある商家(布団店)などを見る事が出来る。
さらに、東別府駅の木造駅舎は、浜脇停車場として明治44年に開業。JR日豊線の駅舎の中でもレトロ調の木造駅舎で、浜脇地区のシンボルととして親しまれていたが、老朽化のため一時建て替え計画があったが、地元の要望により、当時の姿を再現修復して現在も利用されている。
浜脇地区には以前、数十軒の旅館や遊郭があり、駅も多くの宿泊客らでにぎわっていたが、現在は数軒の旅館が営業を続けている。
また、浜脇地区では毎週日曜日、この駅を起点に地域の隠れた魅力を紹介する
ボランティアによる浜脇温泉町並みウォーキングを開催、他にも朝見神社起点のウォーキングも開催されている。

○浜脇温泉と浜脇再開発
別府八湯・浜脇温泉には、古くから湯治利用の共同浴場があり、特に明治7年に県費で整備された東温泉(東の湯、弦月泉)と西温泉(西の湯・清華泉)がある。その後昭和3年、この二つの温泉が合併し「浜脇温泉」(うち浴場東側は浜脇高等温泉)が建設され、 多くの利用者でにぎわいをみせていた。
この「浜脇温泉(浜脇高等温泉)」は、近世オランダ様式の鉄筋コンクリート建築で、屋上には庭園があるなど、当時の最近文化を取り入れた公衆浴場で、設計は別府市技手の池田三比古氏によるもの。
しかし、この建物も老朽化が進み、南部地区再開発事業(浜脇再開発)のもと惜しまれつつ昭和63年(1988年)に取り壊された。

新たに平成3年(1991年)に建てられた集合住宅のショッピングモールの一画1階に、地元共同温泉の別府市営温泉「浜脇温泉」と、2階には健康管理を目的とした「湯都ピア浜脇」が設けられている。
湯都ピア浜脇」は、ヨーロッパのクアハウスがモデルの多目的温泉保養館で、施設内にはかぶり湯・気泡浴・全身浴・圧注浴・うたせ湯・運動浴・寝湯に、和室休憩室やトレーニングルームも併設され、いろいろな温泉を満喫することができる
温泉の前の広場には、昔の浜脇温泉の入り口のアーチがモニュメントとして残され、広場のタイルには昔の浜脇温泉の浴場の位置が描かれている。

○浜脇再開発以降の浜脇温泉の町並みの変遷
浜脇再開発以降、高層市営住宅が町の風景を変え、再開発による道路の拡張整備に伴い、民家の住宅も移転建て替えにより、浜脇温泉は以前の町並みが一変し、新しい街の姿を見せている。
浜脇温泉で毎年開催されている「浜脇薬師祭り」では、昔は道路沿いの店舗の店先や路地の民家の玄関先にも「風流見立て細工」が多く展示され、たくさんの人で賑わいを見せていたが、今は「花魁道中」が新たに加わるものの、昔の情緒ある伝統的な祭りの趣も移り変わりつつある。

また、別大国道の代替道の県道別府挾間線の道路整備では、2014年共用開始を目指し、この浜脇地区で浜脇バイパス整備事業が進められている。
現在、東別府駅の山手の金比羅山を抜けるトンネル(270m)も既に貫通。残る線路越えの高架橋(240m)の架設と側道の整備、それに通じる道路の橋脚や既存道路のつけ替え工事が行われる等、浜脇温泉の町の雰囲気は、再開発以降も大きく変貌を遂げようとしている。


上の6枚の写真は、浜脇温泉・浜脇高等温泉で取り壊される以前のもの。浜脇海岸の埋め立て前の写真も見られる。(資料写真:小野弘氏)
*このページの説明は別府市誌(昭和42年発行)、別府歴史年表(昭和60年修正増補/編著者安部巌)、別府温泉湯治場大事典(安部巌著)を参考、一部引用しました。



COPYRIGHT(C) BY ITO DESIGN OFFICE & TERUKAZU ITO,All Rights Reserved. HOME  |  別府八湯まちなみ彩都  別府八湯フォトアルバムシリーズ<INDEX>