大正昭和・浪漫のかほりー別府の近代建築遺産/Modern Architecture Inheritance of Beppu


大正昭和・浪漫のかほりー別府の近代建築遺産 NO.01


惜しまれながら姿を消した別府の代表的大正洋館
中山別荘(旧和田別荘)<解体>

別府市の閑静な住宅街・山の手町にあった中山別荘は、元は富士紡績の創業者和田豊治氏の別荘「致楽荘」として大正9年(1920)5月に建設、別府では和田別荘とも呼ばれていた。この頃、別府では関西などの財界人を対象に別荘地分譲が開始され、この洋館設計も東京に本拠を置き、軽井沢に旧華族や財界人の別荘を数多く手がけた建築設計施工会社「亜米利加屋」によるもの。その後この和田別荘は、昭和13年中山製鋼所を興した中山悦治氏に所有権が移り、和風部分や庭園に手が加えられ、平屋の和風住宅とスペイン瓦・ハーフティンバーの特徴ある二階建洋館とからなる典型的な「大正洋館」は、中山別荘としての体裁が整えられる。
大正12年に久邇宮良子(くにのみや・ながこ)内親王(現皇太后陛下)が別府を訪れた際に宿泊、また戦後はこの別荘は接収され、アメリカ進駐軍の司令官宿舎になったこともあり、歴史的に特筆すべき変遷を辿っている。
戦後所有権は日本耐火工業(株)、次に関西興業(株)に移るも、別府市にとって町の発展と共に形づくられ、大正ロマンの薫りを感じさせてくれる貴重な文化遺産であり、最近までその姿を留めていた中山別荘であったが、惜しまれつつも平成18年(2006年)12月に取り壊し、跡地は複合商業施設となった。
(更新:平成20年2月15日)
昭和61年('86)2月撮影
平成12年('00)グローバルタワーから撮影

企画・取材・撮影・編集(Web Design):ITOデザイン事務所/伊藤輝和 HOME | 別府八湯まちなみ彩都 | 別府の近代建築遺産(INDEX)



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