大正昭和・浪漫のかほりー別府の近代建築遺産/Modern Architecture Inheritance of Beppu


大正昭和・浪漫のかほりー別府の近代建築遺産 NO.10



復元された記念碑的な社寺風温泉建築
浜田温泉資料館(旧浜田温泉)

旧浜田温泉は、明治12年(1879年)地元住民が温泉を開掘したのが始まりとされている。その後明治22年、温泉前の頌徳碑にもある永田重郎氏により温泉場として整備され、多くの入浴客で賑わいを見せていたという。大正末期には「浜田鉱泉」とも呼ばれ、木造瓦葺き2階建の浴場で、階下は砂湯と男女の泉浴、階上は料亭になっていた。現在の姿は、亀川町が別府市と合併した昭和10年(1935年)に、浜脇高等温泉を設計した別府市技師池田三比古氏の設計で再改築されたときのもの。
木造平屋建・宝形造銅板葺の大屋根に三角形の千鳥破風の小屋根がつき、その下に唐破風の玄関のある堂々とした社寺風の建物。昭和13年建築の竹瓦温泉と並ぶ、大温泉都市別府の誕生を祝って生まれた記念碑的な建物で、別府市に現存する木造温泉建築では最も古いものだった。
昭和40年代に増改築され2階を町内公民館として使用していたが老朽化のため、平成14年3月、東側向かいに新浜田温泉が新築され、市民の保存運動もよそに翌年解体されてしまった。
その後、市内の篤志家から建築費の寄付があり、同17年7月旧部材を2割程使用し浴槽などはそのままに、建設当時の姿が復元され、浜田温泉資料館として蘇った。
昭和初期の別府の温泉文化を知る上での貴重な資料として、平成18年(2006年)8月に国の登録有形文化財になっている。
(更新:平成20年2月22日)
平成16年撮影
新浜田温泉
平成20年('08)2月撮影
復元された浜田温泉資料館
昭和61年('86)撮影
解体前の旧浜田温泉

企画・取材・撮影・編集(Web Design):ITOデザイン事務所/伊藤輝和

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