大正昭和・浪漫のかほりー別府の近代建築遺産/Modern Architecture Inheritance of Beppu

大正昭和・浪漫のかほりー別府の近代建築遺産 NO.20


別府観光のシンボルとして市民にも親しまれている
別府タワー

別府市街地の海岸沿いを南北に通る国道10号を車で走ると、必ず目に飛び込んでくるのが「別府タワー」。北浜旅館・ホテル街の一角にそびえるこの別府タワーは、観光温泉都市別府のランドマークともいえる存在。
1957年(昭和32年)3月20日から開催された別府温泉観光産業大博覧会の目玉施設として、当時の別府市長や別府経済界らにより建設が構想され、建造に着手されているが、資金繰りの関係から開幕には間に合わず、閉幕直前の5月10日に完成している。
名古屋テレビ塔、通天閣に次ぎ、日本で3番目に建てられた高層タワーで、東京タワー完成の1年前の事で、「塔博士」とも呼ばれた建築構造家・内藤多仲氏が手掛けた、名古屋テレビ塔、通天閣、さっぽろテレビ塔、東京タワー、博多ポートタワーの、タワー六兄弟のひとつである。
当初の電波塔利用予定から観光塔として、1960年代の隆盛期には、年間100万人に及ぶ観光客と修学旅行生で賑わい、観光スポットとなった時もある。
現在、塔の高さ90m、高さ55mの展望階には17階の展望台と16階の展望ラウンジがあり、別府市街や別府湾が一望できるほか、1~5階までの、カラオケルームやイベントホール、事務所などがある建物階からなっている。
別府観光のシンボルとして市民にも親しまれ、別府の住人には馴染みのタワーの広告ネオンサインは、当初のサッポロビールから、ナショナル、朝日ソーラと変わり、現在はアサヒビールとスポンサーも変遷。
2007年(平成19年)10月登録有形文化財に登録。
(撮影:平成24年7月〜25年5月)
PHOTO ALBUM

企画・取材・撮影・編集(Web Design):ITOデザイン事務所/伊藤輝和

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